大阪で劇作家・演出家として活躍しながら石垣島で子育てをする棚瀬美幸さん。2地域居住を決めたきっかけや離島で暮らすメリット、2地域居住の生活の様子などを伺いました。
先輩2地域移住者プロフィール
名前:棚瀬美幸(たなせみゆき)さん
職業:劇作家・演出家
出身地:愛知県名古屋市
2地域居住開始時期:2020年
2地域居住場所:石垣市・大阪府
ーーー 棚瀬さんは石垣島と大阪府という2つの地域で生活されていますが、なぜ、この生活を始めたのでしょうか?
2地域での生活を始めたきっかけは、家族からの強い希望です。もともと家族で大阪に住んでいたのですが、以前から「いつか沖縄に移住したい」と言われていました。石垣島には2014年から毎年遊びに来ていて、そのうち「沖縄のどこか」と漠然としていた移住先が「石垣島」になり、さらに移住を熱望してくるようになったんです。
ただ、私は大阪で演劇の仕事をしていたこともあり、すべてを手放して石垣島に移住するのはハードルが高いと感じていたので、断り続けていました。
ーーー 仕事も含めて、安定した生活基盤を手放すのは勇気がいることだと思います。高いと感じていたハードルを乗り越えた際の決め手は何でしたか?
毎年旅行で石垣島に通ううちに、あるご家族と現地で仲良くなったんです。そのタイミングで、ご家族の近所に譲っていただける家が見つかりました。また、その家がある地域が子育てにとても良い環境であったのも、移住を決断する大きな決め手となりました。
また、演劇人として考えた時に、都会で生活する中で描く作品と島暮らしをしながら描く作品とでは、その内容が大きく違ってくるのではないかという予感もありました。そして、今の自分には刺激的な変化が必要かもしれないと思えたことで、高く感じていたハードルを越えられたのだと思います。
ーーー 子育てに向いている環境に巡り会えたのと、演劇人としての前向きな心境の変化が移住を決める後押しになったのですね。そして2地域居住という生活スタイルを選ばれたわけですが、実際にはどのように住み分けていますか?
住民票を石垣市に移しているので、基本的に生活のメインは石垣島です。ただ、演劇の仕事は石垣では少ないため、仕事のメインは大阪となります。だいたい3〜4か月に一度のペースで大阪に行ってますね。創作などで忙しい時期は、10日間ごとに大阪と石垣を往復していたこともありました。大阪には移住前に住んでいた家がそのままあるので、そこに滞在しています。
ーーー 住み慣れた家があると、滞在中も仕事に集中できそうですね。仕事は大阪、プライベートは石垣、と完全に分けて生活しているのでしょうか?
仕事のメインは大阪とはいえ、年に1度は石垣島でも新作を創って上演しているんですよ。劇作の手法には、出演者の実体験を描く「ドキュメント」と、創作である「フィクション」が融合した「モキュメント」という手法があります。移住してからの2作品については、出演者を石垣在住の方のみにして各出演者の経歴を織りまぜ、石垣島で生きること、石垣島が持つ力、をテーマに創作しました。出演者へのあて書き(※)が好きなんです。人との新しい出会いが作品の世界観を広げる感じがして、とても楽しいですよ。
※出演者に合わせて役を設定し、セリフを書くこと。
ーーー 棚瀬さんを通して石垣で生まれる作品があるなんて素敵ですね! 実際に仕事と子育てを両立させながら2地域で生活するのは大変なように思うのですが、石垣島で暮らすメリットは何だと思いますか?
なんといっても、子育てする環境がとても良いことだと思います。大阪で子育てをしていた時のように、息の詰まる感覚が石垣では一切ありません。大阪に比べると、確かに石垣には塾や習い事の選択肢は少ないです。ただ、少人数の学校に通っているので、学校の先生との距離が近くに感じられるのが嬉しいですね。住んでいる集落も子どもに優しいですし、見守られながら子育てしています。
今住んでいる地域には、都会のようにゲームセンターやコンビニなど、子どもが簡単にお金を使えてしまう店はありません。あるのは海や山、川などの自然だけで、子どもがのびのびと生活できる環境です。
ーーー 子育てにおいて、周りの環境は特に重要ですよね。大人の目線からみて、石垣島の自然に囲まれた生活はいかがでしょうか?
大人にとっても、資本主義から距離をおいて生活できる環境は都会では手に入らないものなので、ありがたく感じます。
仕事で執筆に行き詰まった時は、いつも海へ散歩に出かけています。誰もいない砂浜を波や鳥、飛行機を眺めながら歩いていると、フッと作品の展望が開ける時があるんですよ。
あとは、石垣は離島の中でも移動しやすいほうだと思います。石垣は大阪との直行便がありLCCも運航しているので、移動費も比較的安く済みます。東京から大阪まで新幹線で移動するのとほぼ同じ値段なのも助かっています。
ーーー 反対に、苦労した経験はありますか?
移動の話だと、他地域に行くには必ず飛行機に乗る必要があります。台風などで飛行機が飛ばない時は石垣から出られません。また、飛行機の時間が観光客を意識した設定になっているせいか、大阪に行く際は到着が遅く、石垣島に帰ってくる際は早い時間になってしまいます。
飛行機でいえば、家や職場と空港の距離も重要ですね。石垣では家と空港の距離が近いので便利なのですが、石垣から直行便が飛んでいる関西国際空港は市街地から離れているので、時間もお金も掛かってしまい不便に感じます。
あとは、子どもを家に置いて泊りがけで仕事に行くため、家族や周囲の協力が不可欠になってきます。石垣には親戚がおらず身内に預けられないので、子どもの世話をお願いするサポート先を探すことから始めなければなりません。幸いにも今は友人がサポートしてくれています。小さな子どもとの2地域居住は、子どもの環境をどう守るかが重要になると思います。
ーーー 生活のメインである石垣島では、日々をどのようなサイクルで過ごしていますか?
ふだんは朝、子どもを学校へ送り出して、その後家事をこなします。そして仕事をして、子どもが帰宅してからは家族と過ごす時間です。夜は、原稿を執筆してから就寝しています。
公演がある時期は稽古や台本執筆があるので、石垣にいても仕事の割合が多くなりますね。
ーーー 大阪では、やはり仕事中心の生活サイクルですか?
はい。大阪では演劇の現場で稽古したり住居兼事務所で仕事したりと、仕事中心の生活サイクルです。あとは、友人との食事を楽しむこともあります。
ーーー 家族と仕事、2つの生活サイクルで過ごしていく中で、今までと生活習慣が変わったことはありますか?
そうですね、より丁寧に生きてみたい、と思うようになりました。この生活を始める前まではストレス解消のために買い物をしていたのですが、必要最低限のものだけ買うように心がけるようになりました。今では、なるべく物を増やさないようにしています。たとえば、生ごみはコンポストで分解していますし、ゴミになったものは分別して、できる限り再利用しています。ゴミを出す量を減らし、必要以上に欲しがる気持ちにセーブをかける生活になりました。
ーーー リサイクルやゴミを出さない生活は、石垣の豊かな自然を守るためにも良いことですね。生活習慣以外にも何か変化はありましたか?
自分の生活を改めて見つめ直せることに、ありがたみを感じるようになりました。他人とではなく、自分の中に比較対象があることが大切だと思っています。
便利な都会暮らしをしているとその便利さが当たり前となり、享受できて当然、という意識が生まれてしまいます。その点、石垣での暮らしは私が北部に住んでいることもあって、不便なことが多いです。ただ、そのおかげで便利さのせいで見失っていた、生きるうえでの重要なことを感じさせてもらっています。何が重要かは人によって違ってくると思うのですが、私にとっては、都会暮らしだけでは見つけられなかったものだと考えています。
ーーー 貴重なお話をありがとうございました。最後に、2地域居住を検討している方へのメッセージをお願いします。
2地域居住といっても、どちらかが生活のメインになってきますし、住民票も1つに決めなければなりません。新しく住む地域に拠点を置き、今いる場所とも行き来するという考え方が、一番現実的ではないかと思います。
2地域での生活では手放すものが多くある分、新しく手にすることも多くありますよ。今の生活から変わらずにいることが停滞を意味すると感じるようであれば、ぜひ2地域居住も検討してみてください。