沖縄で働こう!|保育士・介護士・福祉分野のお仕事情報(3月更新)

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TEL: 098-882-5703 / FAX: 098-886-8474
E-mail: jinzai@okishakyo.or.jp

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TEL: 0980-53-4142 / FAX: 0980-53-6042
E-mail: nago-jinzai@welfare.city.nago.okinawa.jp

窓口開設時間
月曜日から金曜日まで(祝祭日、年末年始、職場面接会を除く)

【動画】2/18開催 移住検討者向けオンラインワークショップ動画公開|多良間島・石垣島・粟国島

2024年2月18日に開催しました、多良間島・石垣島・粟国島への移住検討者向けオンラインワークショップの録画動画を公開します。

現地の先輩移住者が実際にどのように移住を決断し、どのような生活を送っているかなど実体験をもとにお話していただきました。

後半では、先輩移住者が当日視聴されていた方からの質問に答える質疑応答のコーナーもあります。

実際に住んでみないとわからない情報を知ることができますので、ぜひ最後までご覧ください。

内容

開会
沖縄県地域・離島課ごあいさつ
島の紹介
先輩移住者体験談
質疑応答、意見交換
その他企画の紹介
閉会

【沖縄 多良間島】移住検討者向けオンラインワークショップ

【沖縄県 石垣島】移住検討者向けオンラインワークショップ

【沖縄県 多良間島】移住検討者向けオンラインワークショップ

先輩移住者インタビュー【動画】:子育てと仕事を両立させ、粟国島で地域に根付いた生活を楽しむ 鈴木雅美さん

那覇での生活を経て、いまは夫・子どもとともに粟国島で暮らす鈴木雅美さん。もともと沖縄が大好きだったという鈴木さんに、粟国島への移住の経緯や現在の日々の暮らしの様子、仕事や住宅事情、教育環境、地域との関わり方など、小規模離島ならではのお話を伺いました。

【移住編】移住のきっかけ、移住するための情報収集などについてお伺いしました。

【生活編】粟国島でのすごし方、仕事、生活環境、島ぐらしのコツなどについてお伺いしました。

【感想編】移住して驚いたこと、良かったこと、困ったこと、粟国島の魅力などについてお伺いしました。

先輩移住者インタビュー【動画】:船大工としての独立を機に大宜味村に移住、理想の生活を楽しむ 邊土名徹平さん

学校を卒業後、本土や海外での生活を経験した邊土名さん。その後、石垣島で船大工という仕事に巡りあい、独立のタイミングで大宜味村に居を構えました。現在妻と子どもの3人で暮らす邊土名さんに、大宜味村で暮らす魅力から移住前の準備の様子、買い物事情や医療事情、地域との関わり方、移住希望者へのメッセージまで、詳しくお話を伺いました。

【移住編】移住のきっかけ、移住するための情報収集などについてお伺いしました。

【生活編】大宜味村でのすごし方、仕事、生活環境、過疎地域ぐらしのコツなどについてお伺いしました。

【感想編】移住して驚いたこと、良かったこと、困ったこと、大宜味村の魅力などについてお伺いしました。

先輩移住者インタビュー【動画】:2008年に東京から久米島に移住。主婦として、実業家として活躍する 島袋陽子さん

現在家族4人で久米島に暮らす島袋陽子さんは、大学時代のアルバイトがきっかけで移住を決意。その後、久米島町役場での勤務を経て現在はご自身のビジネスを営んでいます。そんな島袋さんに、移住後に驚いたことから地域の様子、離島で暮らすためのコツ、学校・医療環境、移住希望者へのメッセージまでじっくりお話を伺いました。

【移住編】移住のきっかけ、移住するための情報収集などについてお伺いしました。

【生活編】久米島でのすごし方、仕事、生活環境、島ぐらしのコツなどについてお伺いしました。

【感想編】移住して驚いたこと、良かったこと、困ったこと、久米島の魅力などについてお伺いしました。

先輩移住者インタビュー【動画】:多良間島に決めたのは「直感」、本業と副業を両立させながらダイビングを満喫する 登彰子さん

大好きなダイビングを通じて縁ができ、多良間島への移住を実現させた登彰子さん。仕事や買い物など小規模離島ならではのハンディも、地域との繋がりやインターネットを生かして軽々と乗り越えています。そんな登さんに、多良間島での日々の暮らしから移住希望者へのメッセージまでじっくりお聞きしました。

【移住編】移住のきっかけ、移住するための情報収集などについてお伺いしました。

【生活編】多良間島でのすごし方、仕事、生活環境、島ぐらしのコツなどについてお伺いしました。

【感想編】移住して驚いたこと、良かったこと、困ったこと、多良間島の魅力などについてお伺いしました。

令和5年度沖縄県教育委員会主催・教職セミナー及び個別相談会 in大阪

県外在住者で本県公立学校での勤務に興味のある方や勤務を検討している方を対象とした個別相談会を実施します。

主催

沖縄県教育庁学校人事課

日時

⑴ 令和6年3月23日(土) 13:00~19:30

⑵ 予備日:令和6年3月24日(日) 午前中

場所

⑴ 1日目:大阪府:ラミ新大阪L-site 8F(会議室)
(大阪府大阪市淀川区宮原四丁目4番2号)

⑵ 2日目:調整中

対象者

県外在住で本県の公立学校での勤務に興味がある方や検討している方。

※本県出身で他都道府県の本務教員として勤務している方々のUターン希望者も含む

申し込み方法等

詳細は以下の実施要項PDFをご確認ください。

申し込み締め切り

3月15日(金)

【受付終了】おきなわ島ぐらしアンケートのお願い

おきなわ島ぐらしをご利用いただき、誠にありがとうございます。今後のサービス品質の向上のためのアンケートを実施しております。

アンケート所要時間は3分程度です。個人を特定できる設問はございません。ご回答いただいた内容は今後のサービス品質の向上の参考にさせていただきます。

受付終了

先輩移住者インタビュー:大阪の有名テーマパークから石垣島の畜産農家へ転職。子牛の誕生から母牛の引退後まで、責任と情熱を持って牛たちと向き合う和牛繁殖農家 眞榮城美保子さん【前編】

大阪出身の眞榮城さんは、石垣島北部地域で和牛繁殖を行う農家「まえしろファーム」を経営しています。牧場でのお仕事は、牛の世話に加え、種付けや分娩管理、生まれた子牛の育成など、並ならぬ体力と根気を要しますが、眞榮城さんは繁殖業に留まらず、経産牛の精肉販売や革を使った製品プロデュース、牛グッズを販売するECサイトの運営に、飲食店の経営、牛に関わって働く方向けのオンラインサロンの運営、畜産全般のコンサルまで、多岐に渡って活動されています。石垣島北部の豊かな緑に囲まれ、静寂の中で穏やかに草を食む牛たちが暮らす牧場で、眞榮城さんの牛に関わる仕事への情熱とこだわり、そして移住先として沖縄を選んだ理由などをじっくり伺ってきました。(インタビュアー:黒川正裕)

移住者プロフィール

名前:眞榮城美保子さん
職業:和牛繁殖農家
出身地:大阪
移住時期:2006年ごろ
移住地:石垣島
家族構成:夫、子供2人

大阪の都会暮らしから、ご近所同士が協力しあって生活する石垣島北部地域へ。眞榮城さんが、日光と海風をたっぷりと受けた良質の和牛を育てる牛飼いになるまで。

— 移住してきてから17年ぐらいとおっしゃっていましたが、それ以前はずっと大阪ですか?

出身は大阪ですが、大学進学で神奈川の麻布大学の動物応用科学科に行きました。動物と関わることを学べる学科です。

大学を出た後は一旦大阪に帰りました。周りはみんな就活をしていたのですが、私は全くピンとこなくて、就職は向いてないなと思って、仕事も何も決めずに大阪に帰ったんです。

それで、どうしようかなと思っていた時にユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)で働くことになりました。牛を育てる牧場に勤めることも考えたのですが、まずはちょっと別の仕事をして視野を広げたいなと思ったんです。USJには3年ほど勤めました。そして、やっぱり牛の仕事がしたいとなって、石垣島の畜産農家に就職しました。

— 賑やかで華やかなUSJから、いきなり離島の畜産農家へ転職、と聞くとすごく急展開な印象です。牛に関わる仕事をしたい、しかも沖縄で働こう、と思った理由をお聞かせ願えますか?

元々漠然と動物の仕事がしたいと思っていましたが、牛を育てる仕事があること自体知りませんでした。それが大学の時、牧場実習で沖縄にある離島の黒島※に行って。私にとっては初めての沖縄で、初めて和牛繁殖という仕事に出会ったことが、すごく印象深かったのだと思います。

※黒島は沖縄の八重山郡にある離島です。人口約220人に対して、牛の数は3000頭を越える牛の島としても有名です。

出身地の大阪は都会で、近くに親戚も少ないし、住んでいたところも大きいマンションで近所付き合いもほとんどありませんでした。でも、大学の実習で訪れた黒島では、牛の去勢をする作業の時に、ーー牛を倒して足を縛ってとか、結構大変なんですけどーー、そこでは隣近所に呼びかけて、集まった皆でやってたんです。牧場の草刈りも地域の人と協力してやったりする。それが私にとってはすごい衝撃的で、人間関係が濃くて密に感じました。

それから滞在期間中に地域の行事もあって、私もお手伝いとして受付をしたり、食事を運んだりしたのも、すごく楽しいなって感じました。それで、牛を仕事にするなら黒島の農家さんたちのように、(同業の)牛飼いの知り合いも近くにいて、仲間や地域との関わりが密なところがいいと思うようになりました。

例えば、北海道のように隣の家が何十km先という広々とした環境もあると思うんですけど、沖縄は集落の近くに牧場があって、近所の農家同士が気軽に協力し合って作業しているんですね。そういうのは私にとって初めての経験だったし、魅力的に感じたので、畜産をやるなら沖縄だなと思いました。

— ではそのタイミングで沖縄の農家さんに就職されたんですね。

最初はまえしろファームとは別のところで働きはじめました。そこで長く働くつもりが、同じく牧場をやっている主人と出会って子供もできたので、結婚を機に夫の牧場で働くことになりました。30年ほど前に主人のお父さんの代から始まった牧場で、2年前に法人化して、名前を「まえしろファーム」と決めて今に至っています。

— 牧場がある石垣島の北部地域に移住して驚いたことはありますか?

行事が多いですね。例えば、うちは主人が長男、お父さんも長男なので仏壇※があります。仏壇があるところはヤームトゥ(本家)というのですが、親戚がみんな正月とお盆の時に必ず集まります。それ以外にも法事やお彼岸、十六日祭、シーミー※など色々あります。

※沖縄では先祖を供養する仏壇を、家族の長男の家において守る風習があります。
※十六日祭、シーミーはどちらも沖縄で伝統的に行われる祖先供養の行事で、主にお墓参りをします。

さらに集落の行事もあるんですよ。敬老会、お正月、入植記念日※、お盆もエイサーがあったり、とにかく家の行事も地域の行事も多いですね。

※まえしろファームがある石垣島北部明石地区は、戦後沖縄本島北部から移民が入植して開拓した歴史があります。集落の人々は、開拓当初からマラリアや台風、干ばつなどの幾多の被害や苦労を乗り越えてきました。

島の移住者でも移住しただけだったらそこまではないと思うのですが、私は嫁に入っているので、色々な行事に深く関わるようになって、行事の多さに最初はちょっとびっくりした感じです。もう慣れましたけどね。コロナで数はだいぶ減りましたけど、それまでは月1回か、2ヶ月に1回は何かしら行事がありました。

— この地域のおすすめのところ、いいところはどんなところですか?

良い意味で「狭い」ところかなと思います。作業や用事で助けが必要な時に、「これを頼むんだったらこの人」とすぐに思い浮かぶので、人と繋がりやすいところはいいところだと思います。

あと、変わった人が多いですね。一芸を持っている人が多い気がします。気兼ねなくお付き合いしていたご近所さんが、実はものすごい絵がうまいみたいな、そういう何かに秀でたスペシャリストが結構多いです。普段は郵便局の人だけど、「実はあそこのシーサー、あの人が作ったんですよ」みたいな。芸術系が多いかなと思います。

まえしろファームのECサイト
https://maeshirofarm.base.shop/

Instagram
@maeshiromihoko

先輩移住者インタビュー:大阪の有名テーマパークから石垣島の畜産農家へ転職。子牛の誕生から母牛の引退後まで、責任と情熱を持って牛たちと向き合う和牛繁殖農家 眞榮城美保子さん【後編】

子牛をたくさん産んで引退した母牛を、最後まで責任持って全部使ってあげたいという思いから、繁殖農家という枠を超えて始めた商品化。

— 畜産以外にも飲食やECなど色々なことをされていますね

私たち「和牛繁殖農家」というのは子牛を売るまでが仕事なんです。だいたい9ヶ月から10ヶ月ぐらいの子牛を肥育農家さんに売って、肥育農家さんがそれを太らせて、そこから肉になるという流れで、元々自分達が販売するものは子牛しかなかったんですよ。

牛を育てていると話すと、「石垣牛だよね?」とよく言われるのですが、うちは石垣牛※を育てていないし、生まれた牛は子牛で出荷してしまうから、自分のところの肉を私達は食べたことがなかったんです。黒毛和牛は飼ってるけど、肉は販売していない。それにはずっと違和感を感じていました。

※石垣牛は、JAおきなわが商標登録したブランド牛であり、八重山郡内の肥育農家で生産・育成地や登記が厳密に管理された生後おおむね20ヶ月以上肥育管理された純粋の黒毛和種の去勢及び雌牛のことをいいます。

お母さん牛は子供を産めなくなって引退すると、またそれを競りで売るんです。その後はお肉になるのですが、それを自分たちでやったらどうかなと考えていました。経産牛(引退したお母さん牛)を肉にするところは自分でやって、革は業者にお願いしてなめして財布やキーホルダーなどの革製品にして、油は牛脂をとって石鹸にしたり、捨てる内臓の部分は犬用のジャーキーにしたり…、とにかく牛を丸ごと全部使い切るようにして、売るものを作りたかったんです。

まえしろファームのECショップで販売されている革製品。革の風合いが素敵ですね。

それと、ちょうど私がまえしろファームで働きだした頃に、お母さん牛になった子達が今引退の時期なんです。同期入社みたいな子達です。あの子達がどこで肉になってるか分からない、(使わない部分は)どこでどう捨てられてるかも分からないっていうのは私は嫌だったんです。最後まで責任を持って全部使ってあげたいと思って、色々な商品にしてみることにしました。

— 牛一頭一頭の命と体を活用しようという試みなんですね。どの商品もアイデアが生かされていると感じましたが、商品化するのは大変ではありませんでしたか?

そうですね。USJでは物販の仕事をしていましたが、自分で加工や梱包、受注や発送など全部やるとなると規模が大きくて、初めてのことばかりでした。島の中でも、経産牛の精肉店や焼肉屋をやっているところは何軒かありますけど、うちと同じように色々な商品開発や販売をしている方はいないと思います。

— 物や人が限られた離島で、何か新しい試みをしたり、商品化して商売をするとなると、はじめは全部自分でやらなくてはならないように思うのですが、実際はどうでしたか?

島の中は知り合いばかりなので、デザインを頼むなら誰に、こういうパッケージをやるなら誰になど、そういうのはすぐ繋がりやすいです。

お土産屋さんもいっぱいあるから、商品を置いてもらう場所も誰かに聞けば誰かに繋がるという感じで、売れる売れないは別にして、石垣だったからお願いしたりやりやすかったっていうのはあります。

石垣島ではどれだけ遠くても1時間で行けるので、コンパクトさゆえに仕事がやりやすいというのはあると思います。

— 商品を開発したら、次は売っていく方法も考えないといけないんですよね。

そこはプロに任せろって言われたんですけど、私はやってみたかったんですよ。
色々やることも考えることもいっぱいありますが、やったことないからこそ面白かったです。前から経産牛の活用と商品化の構想はあったのですが、この2年で色々なことが一気に動きだしました。コロナもあって世の中の状況も変わってきて、ちょっと急がないといけないなと思って、下の子が小学校に上がって少し時間ができるようになったので、それをきっかけに動き始めました。今はやっとちょっと売れ始めたという感じです。

— バーをされてるとも聞きました。経産牛から作ったお肉などを出すためですか?

やっぱりお肉を食べてもらいたいです。経産牛肉は牛としては高齢なので、従来は「臭い、硬い」などのイメージで敬遠されてきました。ですが、引退後6か月以上、お肉の脂身を入れ替える飼い方をすることで、体内熟成を進めます。その結果、赤身中心でありながら、肉味が濃く、柔らかくて、しつこくなく、あっさりした味わい深く上質な肉を作ることができています。おかげさまで、ご高齢の方にも、お子様にも食べやすいとご好評いただいています。

あとは牛の仕事をしていたら一日中誰とも喋らないので、私が誰かと喋りたいなと思って。
バーをやってる場所がコワーキングスペースの中のシェアキッチンなんです。
リモートワークで多拠点生活をしている人も晩御飯を食べにきたり、帰りに一杯飲んでいくみたいな感じなので、今まで出会ったことがない人も多いし、そういう人の話も聞けるので、私にとってもすごくメリットがありましたね。

意外と異業種交流会みたいなところに行くより、地に足つけた繋がりができる気がします。

繋がりといえば、月1回、子牛の競り市場があるんですけど、そこに行くと同業者と久しぶりに会えるんです。全国から色んな肥育農家さんが買いにきます。佐賀、長崎、鹿児島、最近では山形の方、栃木とか、本当に全国いろんなところから買いに来られています。そういう方との出会いや情報交換も刺激になります。

— 最後に、これから牧場経営やそのほかの活動で何か考えていることをお話いただけますか?

今は戦争やコロナ、物価高などの影響で牛の相場がかなり下がっていて、2年前の約半分になっています。同業者たちも厳しい状況の中で、意欲が下がってしまっていると思います。私はそれでも和牛は後世まで守っていきたいし、良質な和牛を育てているという誇りがあるので、こっちがダメならあっち。あっちがダメならそっちって、どんどん考えて行動にうつしていかないと、と思っています。今後は販売をもう少し頑張って、あとはコンサル的な仕事を立ち上げようと思っています。

バーやECショップを始めた時も法人化した時も、人に頼まずに全部自分で書類を集めてやりました。誰かに聞かれた時にすぐ答えられるようにというのと、お仕事として起業や商品開発、オンライン販売などの相談を受けるようなことをやりたいとずっと思っていたんです。

飲食をやったのも、販売のその先を知らないといけないと思ったからです。生産と販売をつなぐことをしたかったので、まずは一回やってみたかった。私も経験があることじゃないと説得力が薄いじゃないですか。私は生産をずっとやっていたし、販売も飲食も全部経験があるから、どのジャンルでも答えられるという強みがあると思うので、コンサルもやっていきたいと思っています。


終わりに

沖縄の和牛繁殖業の様子や、地域と農業が深く関わって営まれている石垣島北部の日常など、普段私たちが中々知ることができないお話をして下さった眞榮城さん。まえしろファームで飼われてきた牛たちを、感謝と責任を持って商品化し、その行く末まで見届けたいと話す姿が印象的でした。ご自身で調べて販売まで繋げたり、これからは生産から販売まで自身で経験していることを活かしたコンサルをはじめようという行動力に、とても驚かされました。

現在、飼料や燃料の高騰、出荷される牛の価格の下落など、全国の畜産業が直面している状況は、決して楽観視できるものではありません。眞榮城さんは、厳しい状況をお話されながらも、質が良く価値の高い和牛を繁殖しているという生産者の誇りと、和牛を未来にも残すという使命感を持っていらっしゃるように感じられました。学生時代の実習体験での和牛繁殖との出会いが、遠く大阪から石垣島に繋がり、今では一人の女性事業家となった眞榮城さんの今後のご活躍を、心から楽しみにしています。

インタビュアー
Profile / 黒川正裕
東京から那覇市へ移住。Web / AI 開発のバッカム株式会社(浦添市)代表。

まえしろファームのECサイト
https://maeshirofarm.base.shop/

Instagram
@maeshiromihoko