中坂 眞吾(ナカサカ シンゴ)さん

先輩移住者インタビュー

中坂 眞吾(ナカサカ シンゴ)さん職業:猟師・養蜂家
東京都練馬区(移住年:2000年)
家族構成:妻、子供3人

目の前の生活を、全力で楽しむ!
西表の自然と文化の中で見つけた、自分の人生を生きるための答え。

中坂さんは東京都練馬区のご出身で、高校を卒業した後はご実家を離れ一人暮らしを始め、自分でデザインをしたTシャツをイベントで販売したり、路上でアクセサリーを販売するなどして生活していたそうです。ただ都会で暮らしていく中で、「こんな自然を破壊するような生活をしていたら、自分たちの代で限界が来てしまうんじゃないか?子供や、その次の世代にまで世界を残せないんじゃないか?」と思い始め、田舎での農的な暮らしを志向するようになります。そんな中坂さんが初めて沖縄に来たのは21歳の時、自動車運転免許取得のために、糸満市にある自動車学校に合宿で来たのがきっかけでした。沖縄は東京とは違うだろうと思ってきたものの、那覇は都会過ぎて性に合わなかった中坂さんが仲良くなった食堂のおばさんに相談したところ、「それならやんばるか八重山が良いんじゃない?」と言われ、特に惹かれた西表島にまずは行ってみることに。最初はサトウキビ狩りの仕事を季節労働的に行ったのですが、お手伝い先の農家がイノシシ狩りの名人で、その生き様に感動して弟子入りを志願し、キビ刈をしながらイノシシ狩りの修業をするという西表島生活をスタートします。 西表島に来て数年たった25歳の時、中坂さんは一旦島を離れます。より広い世界を自分で見てみよう、とたどり着いたのはオーストラリア。ワーキングホリデービザで全土を渡り歩いて農家の手伝いをしている中で、今の奥さんとも出会いました。そんな中坂さんが、西表に戻ることにしたのは何故だったのでしょうか。

オーストラリアから戻って、再度西表に来たのは何故だったのでしょうか?

オーストラリアで、パーマカルチャーという農業に出会ったのがきっかけかな。収奪的じゃなくて、永続的な農法をやっている人が結構いてさ。刺激も受けたけど、「なんだこれ、西表でやってることと変わんねえじゃん」って思ったんだよね。で、こういう農業って土地に根を下ろさないと出来ないから、じゃあ自分が知ってる西表でやってみよう、って思って帰ってきた。それが26歳の時。

戻ってきてからはいろんな仕事をしたな。農業ももちろんだし、ヤマネコの調査なんて仕事もやった。で、島のことをどんどん知っていくと、人に教えられることも増えてく。だから自分で観光ツアーをやろうと思って始めたんだ。当時はそんなにやる人もいなかったし、自分で言うのもなんだけど面白いツアーやってたから、結構評判良かったんだけど、最近はリピーターさん以外にはやってない。飽きたというか、どうしても観光やっていると他人に気を使いすぎる側面があって、それはあまり性に合っていない。テレビの取材もよく来たけど、なんだかただでうまいこと利用されただけな気もして、今は信頼できる人からの紹介以外は断ってる。

今メインでやっているのは、イノシシ猟と養蜂。西表島にはリュウキュウイノシシの原種に近い種が今もたくさんいて、豚と交配されてないから絶品なんだ。東京の料理屋さんなんかに卸している。味が分かって、納得してもらえる人にしか卸したくないから大々的には宣伝してないけどね。

今住んでいるこのお家、古民家ですがどうやって手に入れられたんでしょうか?また移住希望者へのアドバイスもあればお願いします!

もともとさ、自分で自分の家を作るのが夢だったんだよね。でもいきなり作れるわけないから、西表戻ってからも、集落はずっとこの干立だけど、いろんなタイプの家に住んでたのよ。でもある時家が台風で全壊しちゃって、そしたら困っている自分たちを見かねたのか、集落の人づてに今の家の場所を元の持ち主が売ってあげていいよ、って。あとは家を建てるだけ。色んな家に住んだ中で古民家がやっぱり沖縄で暮らすには一番快適だったから、建材を集めたかったけど全然流通してなくてさ。そんなときに、石垣に古民家に詳しい設計士がいるよ、って紹介してもらったので相談に言ったのよ。そしたらちょうど石垣で古民家壊そうとしている人がいて、その設計士さんに取り壊しの相談してたところだったから、建材分けてもらえることになったんだ。こういうのって、全部縁だと思うな。

西表も集落ごとに特徴が違うんだけど、この干立集落はとても古い集落で、上原や大原みたいな戦後できた開拓移民の集落とは雰囲気が違う。でも意外と若い人が戻ってきていて、集落全体100人いるなかで中学生以下の子どもが30人、30代後半~40代前半が30人くらい。意外と若いでしょ?Uターン・Iターンが増えているんだよ。今は子供多いからいいけど、20代がいないんだよな。

それでもここに住むのは結構覚悟いると思う。俺もそうだけど、この集落の人に自営業者が多いのは、集落行事がとても多いから。公民館でやる行事だけでも年間に50回以上あるし、そのほかにも青年会や子供関連を入れたら、普通の務め人じゃ難しい。この生活を楽しめるかどうかじゃない?俺は楽しんでるし、公民館も若返って、自分たちで色々と決められるからやりがいはある。最近は集落の若手で帆かけサバニに凝っていて、自分たちで大会も開いたりしてるよ。移住を成功させたいんだったら、都会的な考え方は捨てて、自分たちがどういう人生を送りたいかをしっかり持って、目の前のことを楽しむことが大事なんじゃないかな。

■移住の満足度

150点!

先輩移住者インタビューの輪

那覇市 (「那覇大綱挽まつり」の様子)

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