柳岡 秀二郎(ヤナオカ シュウジロウ)さん

先輩移住者インタビュー

柳岡 秀二郎(ヤナオカ シュウジロウ)さん職業:郷土マリンサービスJAWSⅡ 代表
群馬県前橋市出身(移住年:2003年)
家族構成:妻・子供3人

美しい離島で夢の生活、それは島を知り、
自分からすべてをさらけ出した先にあった。

実家がダイビングショップだった柳岡さんは、幼いころからダイビングに親しんできました。いずれは自分でもダイビングショップを運営したいと、学生時代から沖縄県(阿嘉島)や海外(パラオ)でもダイビングガイドとしての修業を続けた後、まずは社会勉強の意味も込めて大学卒業後には地元の金融機関に就職します。そこで社会人としての基礎を学ぶだけでなく、働く人が余暇に求めることを肌身で実感しながら、休みを活用して実家のお手伝いもするようになります。お客さんを連れて伊豆半島・沖縄の島々・海外を回りながら、将来自分が開業する場合のフィールドを探していたという柳岡さん。一生をかける仕事になるのだから、まだダイビングショップがない島で、一から自分で海を開拓したいと思っていた矢先、訪れた宮古島で人伝えに、多良間村出身の建設会社社長と出会います。多良間島は当時、新空港や村の宿泊施設ができることが決まっており、柳岡さんもそこに興味を惹かれ、注目していました。一方で社長も、自分の地元でダイビングショップをやりたいけれどスキルを持った人材がいない、という課題を持っていたため、両者の思いが一致。二人でタッグを組んで多良間島にダイビングショップを作ることになりました。実は、柳岡さんの実家のショップで良く利用していた船が様々な人の手に渡った末に、今は多良間島のその建設会社社長が保有していることも後日判明したということで、島との出会いは運命的だったとも言えそうです。そんな柳岡さんの、移住から現在に至るまでのストーリーをうかがってみました。

今は地域に溶け込まれているようですが、そこに至るまでのプロセスを教えていただけますか?

私の場合は、多良間村に移住したいという思いよりも、ダイビング業をしたいという思いが強かったので、「島に移住する」という感覚じゃなかった気がします。ただ、これで成功するんだという思いは強く、ダメだったら帰ろうということは最初から選択肢には入れていませんでした。

移住をしたのが2003年で、最初の約1年間は開業準備をしていました。もともと全くと言っていいほど観光客が来ない島だったので、まずは自分がやろうとしていることを島民の方に理解してもらうために安全講習やシュノーケルガイド講習、体験実習など、島民対象で様々なことをしましたね。海を使って商売をすることに対する島の方の心理的なハードルも高いことはわかっていたので、自分の人間性をわかってもらうことを第一に考え、豊漁祭などの村内行事や、集落内作業・運動会などに積極的に参加して、個人の信頼を得ることを第一に考えていました。多良間のような小さな島であれば、自分のお店に来たお客さんも絶対に島の人と関わります。そういう時に島の人が自分を信頼していないと、お客さんに対しても笑顔で良い対応はしづらいですよね。今は皆さんが自分のお店のお客さんに温かく挨拶してくれているので、とてもいい関係を築けていますが、実は事業を始めてから5年目くらいの頃、仕事が順調にいって忙しくなった時期に、島の人たちとの距離を感じてしまったことがあったんですよね。これは自分の望む形ではなかったので、翌年からは受け入れるお客さんの数をセーブしました。売り上げ減になるので勇気がいる行動でしたが、長い目で見たらとても良い選択だったと思っています。 あとは積極的に島の人の雇用も進めたので、従業員の親族が味方になってくれたというのも大きいですね。

移住して困った/良かったことは何ですか?また、移住希望者へのアドバイスはありますか?

島に来て困ったことと言えば、方言がわからなくて、島民同士の交流の場に行きづらく躊躇してしまうこともあったこと。でも自分からこの島に来ているのだから、自分で切り開かないと。最終的にはかわいがってもらえるので、自分で動いていくことの大事さは感じていますね。

あとは人との距離感かな。島の人はとても距離感が近くて、心の隙間にすとんと入ってくる感じ。今までの人生とは全く違うので最初はストレスを感じていましたが、今はこの暖かさが心地よいです。結果的に自分のコミュニケーションスタイルも変えられるようになり、人との距離感を近づけられるようになったことは、接客業をやる上でとても助かっています。

移住希望の方へのアドバイスですか。夢を追って沖縄に来る人は多いのですが、その大半はその夢をどう実現するかを考えず、形が見える前に諦めてしまうように思います。きちんと夢への過程を設計しないと、島で生活することも辛くなってくる。これは自営だけでなく、勤め人でもいっしょじゃないでしょうか。

あとは、周囲の人がアドバイスしやすい状況を作ることですかね。島の人も心を開くまでの時間は長いので、何でも言いやすいような関係にしていくためには、「言われやすい自分」を作ること。小さな離島ほど、最初は大変かもしれないけれど、後々とっても満足度は高くなると思います。島の人は暖かいので、すぐ結果を求めずに長期的な視点で来てほしいですね。

■移住してから出来た沖縄の知人

島の人はほぼ全員。約1,000人(島民の数と同じ)。地域の子どもたちと一緒に遊ぶことも多いから、知り合いはどんどん増えていきます。

■移住の満足度

200点自分の思い描いていた夢の仕事が、こんなに美しく、人が温かい、素晴らしい環境で出来ているんですから。

先輩移住者インタビューの輪

那覇市 (「那覇大綱挽まつり」の様子)

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