比嘉陽子(ひがようこ)さん

先輩移住者インタビュー

比嘉 陽子(ヒガ ヨウコ)さん職業:H・Yマリン(渡船業)・H・Yアトリエ(デザイン業)
大阪で出生。広島・タイ・京都、マレーシア、東京などを親の転勤で転々と
(移住年:2007年)
家族構成:夫

島の人たちが、先祖代々築きあげてきた「伊是名の魅力」の延長線上にありたい、という思い

お父様の仕事の関係で、転校がとても多い子供時代を過ごした陽子さんは、絵が好きだったため美術大学のデザイン科に進学、陽子さんは在学中に観客として魅了された映画の世界に、美術監督の助手として、卒業後の23歳の時進みます。映画美術の仕事は陽子さんの目には憧れで輝いて見えていたことに加え、いろんな人、事、物とのかかわる機会が多く、幅広く平面、立体、空間と、世界観を作りあげる中で様々なデザインなどの技術を積めることが、就職活動で見た他の職場より可能性が広がっていると感じ、とても魅力的だったそうです。

そうしてスタートした映画美術助手の仕事は、体で覚える職人的な世界でした。デザインだけしていればいいと思っていたらマネジメント業務など分野外の仕事も大きな比重を占めており、右も左も分からず命じられるまま走り回る日々。続けていくうちに、段々とできるようなってきた一方で、参加した作品の多くは商業重視で当初思い描いていた映画作りと何か違うとズレも感じつづけていたそうです。

そんな陽子さんに転機が訪れたのは、27歳の時、沖縄で活動している中江裕司監督の作品「ホテル・ハイビスカス」との出会いでした。仕事がつらくなり、もう別の職を探そうと思っていた矢先、運命的な巡り合わせで参加した現場で待っていたのは、かつて思い描いていたような作り手の意志がはっきり存在している楽しくて充実した憧れの映画づくりそのものだったそうです。この仕事を通して沖縄を見たことで陽子さんの沖縄に向けた特別な強い思いがうまれたということなので、そのあたりをうかがってみました。

導かれるように訪れた伊是名島で運命の出会い、そして移住へ

映画の仕事に関わり始めて10年程が経過した32歳の時、伊是名島オールロケの中江監督作品「さんかく山のマジルー」で美術監督を務めることが決まりました。不安もありましたが、自分にとって特別なチームで美術監督デビューができる!ととてもうれしかったです。最初は名前も知らなかった伊是名島でしたが、初めて来た時からすっかりその魅力に魅了されていました。特に島人たちの人柄が素晴らしく、その中で今の夫(比嘉靖さん)と出会い、とんとん拍子で結婚することになりました。夫の地元が「ホテル・ハイビスカス」の撮影で滞在した町だったのは運命的かもしれません。

でもその時は美術監督としてようやくスタートを切ったばかりで、すぐに完全な移住に踏み切れず、仕事をしながら東京と島の往復生活を送っていました。ただ、穏やかな島の暮らしを知ってしまった後では、東京での仕事は、自分が歯車の一つのようで空しく感じることも多々あったんです。9か月ほど経過したときに東京のアパートを引き払い伊是名に住所を移しましたが、想像していたほどはキャリアへの喪失感はありませんでした。

それでも映画美術の仕事は、自分の人生の多くの時間を費やしてきた職業ですから簡単には捨てきれず、しばらくは伊是名に住みながらも条件が合えば積極的に受けようとしていました。一方で島の暮らしも当初から楽しかったです。映画ロケで長期滞在していたので、島の知人は多かったと思います。また、特技を生かして壁画や看板、小学校の放課後絵画造形教室などもさせていただいたり、多くの職場のピンチヒッターも受けたりという中で、さらに多くの島の人との接点も出来ていきました。みんなが知り合い、という小さな島の心地良さに、いつしか東京の仕事への執着も消えていったようでした。

自分が初めて見つけた理想的な「故郷」の魅力だけど…

10年経った今では、H・Yマリンという事業所を開業し、夫婦で島のガイドや、海上タクシーなどの仕事をし始めました。また地元新聞社の伊是名通信員になりました。自分たちで伊是名の魅力を伝えたり、情報発信ができたりするようになったことで、とても満足しています。もう今は以前の仕事はあまり視界になく・・島を取り巻くあらゆることが一番の関心ごとかもしれません。

島に来た当初は、勢いよくいろいろとやろうとすると、夫にペースダウンを促されていました。当時は歯がゆかったけど、今は理由がよくわかるので、夫には感謝したいです。人口が1500人程の地域なので、一人の行動がいい意味でも悪い意味でも都会よりも周囲に大きく影響するから、先走って悪目立ちすると幸せになれないよ、ということだったんですよね。だから今は周りをよく見ながら、島の良さを生かし、地域の魅力を底上げできるような活動をしたいと思っています。素晴らしい伊是名の自然や文化が残っているのは、昔から島の人たちから脈々と築き上げ、守ってきたからだと思うので、自分もその延長線上で活動したいです。

移住したい人に伝えたいことですが、今自分がいる分野でしっかりスキルを身につけて、多少の蓄えも持ってきたほうがいいと思います。幸せな移住になるかどうかは、自分がその土地の暮らしの一部になりたいかどうかだと思います。来る前に描いた理想とマッチしないことも多々ありますので、軌道修正を厭わない人が長続きするかもしれません。また、自分の力を地域のために生かしたい、という気持ちを持ち、その力の発揮方法を知っている人は、すんなり馴染んでいるような気がします。地域に愛情をもち、自分の力を人のために使って信頼を積み重ねていけば、島での生活はどんどん楽しくなるはずですよ。

■移住してから出来た沖縄の知人

島と本島で500人以上!

■移住の満足度

120点とても満足しています。伊是名が大好き。

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